浮気の慰謝料を払ってもらえないとき:分割払い・給料の差押え・公正証書

慰謝料の金額が決まった。やっと終わると思ったのに、約束の日に振り込まれない。あるいは、請求した時点で「お金がない」「分割にしてほしい」と言われた。そんな場面は、実はめずらしくありません。
大切なのは、約束しただけで安心しないことです。実際の相談でも、公正証書を作ったのに「作ればあとは役所が調べて回収してくれる」と思い込み、止まってから慌てた人がいました。
この記事では、払ってもらえないときに起きること、公正証書にする意味と限界、給料や預貯金を差し押さえる流れ、分割払いの決め方を整理します。
先に結論:「差押えできる形」にして、「相手の居場所と財産」を把握しておく
- 支払いが止まっても、すぐ相手の給料などを差し押さえられるわけではありません。判決・公正証書などの「債務名義」が必要です。
- 強制執行認諾文言つきの公正証書にしておくと、支払いが止まったとき、裁判なしで差押えの手続きに進めます。ただし、どこの給料・どの口座を差し押さえるかは、自分で示す必要があります。
- 相手が不貞を認めないなら、回収以前に、相手本人の不貞を示す証拠が必要です。夫が認めただけでは、相手に対して強制できません。
- 分割払いに応じるなら、遅れたときの条件を先に決めておくことが大切です。
払ってもらえない、よくあるパターン
- 示談書は交わしたが、最初の数回だけで止まった
- 「お金がない」と言って、金額を下げてほしいと言われた
- 連絡が取れなくなった、引っ越した
- 無視されて、期限を過ぎたまま放置されている
- そもそも相手が不貞を認めず、書面にサインしない
どのパターンも、請求の根拠は変わらず残っています。ただし、回収するには手順が必要です。
実際の相談から:回収の前につまずいた3つの場面
ここからは、ご相談をもとにした例です。「公正証書があるのに」「合意書を書かせたいのに」と、回収の入口で止まった場面を取り上げます。
相談の例:公正証書があるのに支払いが止まった。役所は調べてくれない?
- 公正証書は意味がないわけではない。ただ、どの会社の誰の給料を差し押さえるのか、どの口座を押さえるのかは、自分で特定しなければならない。
- 公証役場は差押えをしない。強制執行の手続きは、裁判所に問い合わせる。
- 居場所が分からないときは、相手の住所を調べる方法がある。職場を特定する手続きも用意されている。
- 弁護士に頼むと、費用のほうが高くつく(費用倒れ)場合がある。
ここで押さえたいのは、公正証書は「差押えの手続きに進める切符」であって、回収の自動装置ではないという点です。裁判所の案内では、強制執行の前に、相手の財産を調べる財産開示手続や、金融機関などから情報を取る情報取得手続が用意されています。財産開示の申立先は、相手の住所を管轄する地方裁判所です(家庭裁判所ではありません。裁判所の案内では地方裁判所とされています)。
ただし、勤務先の情報を取れるのは、養育費などの扶養に関する債権や、人の生命・身体への損害賠償の債務名義を持つ人に限られます。不貞の慰謝料は、通常はここに含まれません。慰謝料の場合は、相手の勤務先を、示談の段階で聞いておく意味が大きくなります。預貯金の情報は、債務名義があれば、金融機関に照会する手続きが使えます。細かな要件は変わることがあるので、申立ての前に裁判所か弁護士に確認してください。
相談の例:夫の自白だけで、相手に合意書を書かせたい。相手は借金を抱えている
- 相手が認めて署名するならそれでもよい。ただ、認めなければ証拠不十分で、それ以上は強制できない。合意書か公正証書かは、まず問題ではない。
- 夫が認めても、相手が認めたことにはならない。それは裁判でも同じ。
- 内容証明は、ただの手紙。送れることと、不貞を認めさせられることは別。
- 不貞を認めたら離婚できなくなると知って、夫が自白を撤回するケースも少なくない。だから、客観的で確実な証拠を先に押さえる。
- 相手に仕事があれば、最終的には給料の差押えもできる。すべては、不貞を認めさせられるかにかかっている。
合意書を書かせても、後の裁判で「無理やり書かされた」と主張される例があります。内容証明を送っても、すぐ謝罪してくる人はほとんどおらず、受けて立つ相手が多いものです。運よく応じるケースもあるとしても、それに賭けるのは危うい、といえます。
この例の分かれ目は、回収の話に進む前に、相手本人に対する証拠があるかです。資力に不安がある相手ほど、回収の段階で苦労します。だからこそ、請求の根拠を固めておく必要があります(証拠が足りないとき、自白や録音の扱い)。
相談の例:慰謝料は受け取ったが示談書がない。夫が裏で肩代わりしていた
- すでに相手から慰謝料を受け取っているなら、同じ不貞について相手にもう一度請求するのは、原則として難しい。裏で夫がお金を渡していて、約束違反だったとしても同じ。
- ただ、夫が肩代わりした事実は、あとで夫に離婚の慰謝料を請求するときや、共有財産から払っていた場合の財産分与で問題になりうる。共有財産から勝手に出した分は、出した本人の負担になるのが原則。
- LINEは重要な証拠なので保存する。支払った額・時期・お金の出どころも、分かる範囲で確認する。
- 肩代わりするほど関係が続いている疑いがあるので、まずそちらの証拠を狙う。取れれば、継続していたとして悪質性が大きい別件として、再び慰謝料を求める余地がある。
この例からは、示談書を作っていないことの落とし穴が見えます。受け取った側の記録がないと、誰がいくら出したのかを、後から確認しにくくなります。示談書には、金額、支払い方法、接触禁止、違約金などを書きます(誓約書や書面の考え方)。受け取りの額と日付は、通帳や領収の記録を残しておきましょう。
二重取りはできません(総額は損害額まで)。夫と相手の負担の分け方は、求償権の記事にまとめています。
まず、分割払いにするときの決め方
相手に一括で払う力がない場合、分割払いを提案されることがあります。応じるかどうかは、あなたが決めてかまいません。応じるなら、次の点を示談書に書きます。
- 総額と、毎月の金額・支払い日
- 振込先
- 遅れたときの扱い:たとえば、1回でも遅れたら残りを一括で払う(期限の利益の喪失、と呼ばれる条項)
- 遅れたときの遅延損害金
- 住所・勤務先が変わったときの連絡義務
特に3と5は、あとで回収するときの強い味方になります。分割払いは、期間が長いほど途中で止まるリスクも上がるので、できるだけ頭金を多めに、期間は短めにが基本です。
離婚時の金銭を一括で受け取る形にする方法もあります。分割より、途中で止まる心配が小さいからです。ただし、相手に隠し財産がないか、収入や口座を確認しておくことが前提になります。また、養育費などを勤務先から直接振り込んでもらう形にすると、その人が会社を辞めたときに止まる点にも注意が必要です。分割払いは、相手の勤務先が変わっても追える形にしておくことが大切です。
公正証書にする意味
支払いが続くかどうかが不安なら、示談の内容を公正証書にする方法があります。公正証書は、公証役場で、公証人が作成する書類です。
最大のメリットは、「強制執行認諾文言」(支払いが止まったら、強制執行を受けても異議を言わない、という文言)を入れておけることです。
| 書面 | 支払いが止まったとき |
|---|---|
| 示談書(私的な書面) | 裁判を起こして判決を取ってから、差押えの手続き |
| 強制執行認諾文言つきの公正証書 | 裁判なしで、差押えの手続きに進める |
時間も手間も大きく変わります。相手が公正証書にすることに同意しないこともありますが、「分割にしてあげる代わりに」という条件で、提案してみる価値はあります。公正証書は、双方が公証役場で手続きをするのが基本なので、相手の同意が前提になります。
支払いが止まったときの流れ
公正証書も作っていない場合は、少し遠回りになります。
- 内容証明郵便などで、支払いを催促する。相手に請求の意思を伝えます。書き方は内容証明郵便の書き方と送るタイミングにあります。
- 話し合いで解決しないときは、調停や裁判で、判決などの「債務名義」を得る。
- 債務名義をもとに、強制執行(差押え)の申立てをする(民事執行法)。
公正証書(強制執行認諾文言つき)がある場合は、2を飛ばして、3に進めます。
給料の差押えのしくみ
差押えで多いのが、相手の給料です。ただし、次の点を知っておきましょう。
- 差押えには、債務名義(判決・公正証書など)が必要です。
- 給料は、全額を差し押さえられるわけではありません。生活が成り立つよう、一定の範囲に限られます。慰謝料のような債権の場合は、原則として給料の4分の1までとされます。
- ちなみに、養育費などの扶養義務に基づく債権は、給料の2分の1まで差し押さえられます。慰謝料と養育費では、範囲が違います。
- 相手の勤務先が分からないと、給料の差押えはむずかしいです。
つまり、給料の差押えが現実的かどうかは、相手が会社に勤めているか、勤務先を把握できているかにかかっています。示談の段階で「勤務先を教えてもらう」「変わったら連絡してもらう」と決めておくと、後で助かります。
給料以外の財産
給料のほかに、預貯金などが対象になることもあります。ただ、どの口座にあるか分からないと手続きがむずかしいため、事前に分かる範囲で情報をつかんでおくことが役に立ちます。債務名義があれば、金融機関に預貯金の情報を照会する手続きが使えます。
「お金がない」と言われたとき
相手の支払い能力が低いと、満額をいっぺんに受け取るのはむずかしいことがあります。そこで考えられる動きは次のとおりです。
- 分割払いに応じる(上の条件をつけて)
- 夫に請求する比重を見直す(夫が連帯して責任を負っています。詳しくは夫と浮気相手の両方に請求するときの求償権)
- 金額を調整する代わりに、確実に払える形にする
「少し減らしてでも、確実に受け取る」か、「満額にこだわって長期戦にする」かは、あなたの気持ちと状況次第です。減額が絡むときの考え方は、慰謝料が減額されるケースも参考になります。
相談の例:夫に借金があり、「慰謝料は払わない」と言われた
- 認めたやり取りだけで、慰謝料が取れるのか、裁判で戦えるのかを、弁護士に早めに確認するべき。
- 払える金額が限られるなら、慰謝料や財産分与という名目にこだわらず、「解決金」などの名目で、毎月の額に上乗せして合意した例もある。内訳は当事者の話し合いで決められる。
- 払えないことを理由に調停が不成立になれば、訴訟になる。そのときに弁護士をどうするかも考えておく。
払う力が乏しい相手に、満額を求めて長引かせるか、名目を変えてでも毎月確実に受け取るかは、判断が分かれるところです。ただし、毎月の上乗せは、途中で止まったときに差し押さえできる形(調停調書や公正証書)にして初めて意味があります。口約束で上乗せ分を決めるのは避けましょう。夫が認めたやり取りだけでは足りないという話は、前の例と同じです。
やってはいけないこと
- 取り立てのために、職場や家族に連絡する。名誉毀損や慰謝料請求の対象になり得ます。
- 自宅に押しかける、何度も電話をする。トラブルの原因になります。
- 「払わなければ…」と脅す。こちらが責任を問われるおそれがあります。
証拠や請求の進め方に迷ったら
回収の段階では、示談書の書き方や、相手の財産・勤務先を把握できているかが、結果を大きく左右します。証拠の集め方や請求の進め方に迷うときは、探偵や弁護士への相談も選択肢のひとつです。特に、強制執行や財産開示の申立ては手続きが複雑なので、弁護士に確認しながら進めるのが安心です。
よくある質問
気になるところを、質問ごとにまとめました。質問をタップすると、答えが開きます。
示談書があれば、すぐ差押えできますか?
示談書だけでは、差押えはできません。判決などの債務名義が必要です。強制執行認諾文言つきの公正証書があれば、裁判なしで進められます。
公正証書があれば、役所が相手の居場所や口座を調べてくれますか?
自動では調べてくれません。公証役場は差押えをしません。どの給料・どの口座を押さえるかは自分で示す必要があり、そのために裁判所の財産開示や情報取得の手続きがあります。申立先や要件は、裁判所か弁護士に確認してください。
公正証書は、相手が嫌がったら作れませんか?
公正証書は、双方が公証役場で手続きをして作るものなので、相手の同意が必要です。分割払いに応じる条件にするなど、提案の仕方を工夫する方法があります。
夫が不貞を認めていれば、相手にも払わせられますか?
夫が認めただけでは、相手が認めたことにはならず、相手に強制することは難しいものです。夫が後から撤回する可能性もあります。相手本人に対する客観的な証拠が必要です。
相手が転職したら、差押えはできなくなりますか?
勤務先が変わると、新しい勤務先を調べる必要があります。示談書に、勤務先が変わったときの連絡義務を書いておくと、把握しやすくなります。
慰謝料の差押えは、給料の何割まで?
慰謝料は、原則として給料の4分の1までです。養育費などの扶養に基づくものは2分の1までと、範囲が違います。具体的な計算は、弁護士に確認してください。
まとめ
- 払ってもらえないとき、差押えには債務名義が必要。
- 示談の段階で強制執行認諾文言つきの公正証書にしておくと、裁判なしで手続きに進める。ただし、相手の勤務先や口座は自分で示す必要がある。
- 相手が認めないなら、回収の前に、相手本人に対する証拠が要る。夫の自白だけでは足りない。
- 分割払いは、頭金・短い期間・一括払いの条件・勤務先の連絡義務を決める。
- 給料の差押えは、慰謝料なら原則4分の1まで。勤務先の把握が鍵。
お金の話は気が重いものですが、形を整えておくことで、あとの不安は大きく減らせます。ひとつずつ、確実に進めましょう。
この記事の情報源
- 民事執行法(2026年10月12日確認)
- 民法(第709条・第710条)(2026年10月11日確認)
- 裁判所「財産開示手続」(2026年10月12日確認)
- 裁判所「情報取得手続」(2026年10月12日確認)



